経験デザインとエスノグラフィを語る私的なブログ
坐骨神経痛回復日誌512日目(急展開 次々と苦難が襲う)
DSCF1582.JPG

 03月02日(月)510日目。

 いつになっても太もも裏からふくらはぎの激痛が治まらないので、整形外科に行ってみる。

 相変わらずの「腰椎すべり症から来る座骨神経痛」みたいなことを言う。

 そこで「その話は右足で、左足はヨガで痛めたので2つの問題があるんです!」と言って腫れあがった患部を触らせた。

 やっと先生は「梨状筋断裂で血腫が出来ている」と、神経ブロック注射かロキソニンより強い脳神経に効く痛み止めを飲むかしかないと言う。

 結局西洋医学って痛かったら痛み止めみたいな対症療法しかないのが良く分かったので、日柄ものと諦めてしばらくおとなしくすることにしました。
 そして帰ろうとしたら「そうそうこのレントゲン写真も見ておこう」と、ついでに撮った骨盤の写真を見ると。
 「おお!」と言って、なんかやばいが自分では判断つきかねるからMRI撮って、それなりの専門的な病院で見て貰いましょうとのことになった。。なんだ?
DSCF1577.JPG
 3月03日(火)511日目。
 メディカルスキャンニングでMRIを撮って貰う。
DSCF1576.JPG

 その後、MRIのCD-ROMを持って整形外科に行き、結果を聞くと。

 「右腸骨の広範な骨髄浮腫・外傷か病的骨折を除外できない」「右大転子滑液包炎の疑い」ということなので、即刻大学病院で精密検査を受けろという事になった。

 左足は「梨状筋断裂」で、右足は「骨髄浮腫(腫瘍)」だ。。

 次々と苦難が襲う。

 

坐骨神経痛回復日誌

2010年01月:坐骨神経痛回復日誌464日目(スポーツジムとヨガ)

2020年01月:坐骨神経痛回復日誌449日目(もう手立てが無いのか?)

2019年12月:坐骨神経痛回復日誌430日目(神経ブロック注射よりもYouTube)

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年10月:脳震盪後遺症回復日誌366日目(神医者に肩透かしを食う)

2019年09月:脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:32 | 病院好き | comments(0) | - |
坐骨神経痛回復日誌508日目(若石足つぼマッサージ)

 02月29日(土)508日目。

 前回からまったく太もも裏からふくらはぎの痛みがとれず歩くのもままならない日が2週間も続いている。

 更にダサいことに、宅急便が来たので急いで階段を下りたら足の踏ん張りが効かずに転倒してわき腹を打ってしまった。

 その後、Xデザイン学校の発表会などがあったのだが、満身創痍で痛み止めを飲みながらタクシー移動という始末。

 発表会に行くために、なんとかしなくてはいけないと思い。

 ヨガではまた患部を痛めそうだし、いつも行く成城学園の鍼灸院は遠くて辛いし。。

 そこで我が家からすぐ近くの「国際若石メソッドスクール」に電話をして、近所の直営治療院を紹介して頂いた。

 頑張って通うのだが、普通なら10分もかからない道のりを30分もかけてそろりそろりと歩いた。

 1週間で4回通ったが、どうにも痛みは良くならない。

 施術してくださる方が「最初は好転反応というのが出るので、かえって痛くなる。」と言うのだ。

 本当に起きた好転反応とは!

 ・果てしなく眠い

 ・微熱が出た(36.8度〜37度)

 ・症状が悪化する(痛くて3日間全く歩けなくなった)

 ・お通じがものすごく良くなって、こんなに溜まっていたのかというぐらい出続けた。

 ・おしっこの色が濃くなり、やたら量が出た。 

 ・喉が渇き毎日白湯を何リットルも飲み続けた。

 ・ある日突然フケがドバっと出た。

 聞いてみたら「溜まっていた毒が出てきたんです。」だそうだ。w

 そして2週間目の朝、あれっ「痛みが和らいでる」。。

 痛さはまだまだ残るが、薄皮を剥がすように痛みが緩和されて行けばいいな。

 そういう意味では、コロナウィルスで外出や出張が無い、今のうちに頑張ってみよう。

 ヨガのほうも、週に1回は緩やかなポーズと呼吸法に絞って貰って続けている。

 若石足療は台湾が発祥らしく、有名な先生はほぼこの流派らしい。

 次に行ったら本場を体験して来よう。w

 

坐骨神経痛回復日誌

2010年01月:坐骨神経痛回復日誌464日目(スポーツジムとヨガ)

2020年01月:坐骨神経痛回復日誌449日目(もう手立てが無いのか?)

2019年12月:坐骨神経痛回復日誌430日目(神経ブロック注射よりもYouTube)

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年10月:脳震盪後遺症回復日誌366日目(神医者に肩透かしを食う)

2019年09月:脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:35 | 病院好き | comments(0) | - |
坐骨神経痛回復日誌496日目(ストレッチと好転反応?)

 02月17日(月)496日目、先週のヨガ教室以来両お尻の下部から太もも裏ふくらはぎと、今まで経験したことが無いぐらいの痛みに苛まれている。

 痛みと言うのは人には伝わらないものだというが、朝起きて階段を降りる時に手すりにつかまって一歩一歩が息が止まるぐらい痛く、降り切るまで相当な時間がかかる。

 激痛に耐えながら1時間ほどすると、ほんの少しだけ患部に血が回るのか歩けるようになるが、歯を磨こうと洗面所に立って少しでも前かがみになると、下半身裏側に電流が走ったように痛みが駆け巡る。

 ほぼ毎日ロキソニン(鎮痛剤)を飲まないと仕事に行けないほどだ。

 

 東洋医学では、運動不足だった人が急に動くと、身体が良くなろうとする過程で強い痛みや不調が出ることを「好転反応」と言います。

 通常は「筋肉痛」など言って2〜3日で治るものらしいが、数十年に渡ってカチコチになった私の身体は時間がかかるのかもしれないです。

 最初は倦怠感や眠気が襲い、次に下痢や痛み、腫れなどが起こり(いまここ)。

 続いて、老廃物が体外に出るために尿が臭くなったりするのだとか。w

 最後に滞っていた汚れた血液が体内を駆け巡り、新陳代謝が進んで新しい身体に生まれ変わるらしい。

 まだそこまでたどり着かないが、長い年月をかけてカチコチになったこの身体が、少しでも新しく生まれ変わる為の試練として受け止めようと思う。

 

坐骨神経痛回復日誌

2010年01月:坐骨神経痛回復日誌464日目(スポーツジムとヨガ)

2020年01月:坐骨神経痛回復日誌449日目(もう手立てが無いのか?)

2019年12月:坐骨神経痛回復日誌430日目(神経ブロック注射よりもYouTube)

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年10月:脳震盪後遺症回復日誌366日目(神医者に肩透かしを食う)

2019年09月:脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:35 | 病院好き | comments(0) | - |
坐骨神経痛回復日誌464日目(スポーツジムとヨガ)

 11月06日(水)、393日目から、京都のジムに通いだした。

 翌日は、京都の整形外科で初めて神経ブロック注射を打って貰ったので、少し話が前後してしまいますね。

 ジムは月に3回も行ければ良い方で、最近はプールだけ行って1時間ぐらいでサクッと帰って来ている。

 プールで泳ぐのは、子どもが小学生の時に一緒に行っていた以来だから20年ぶりぐらいか。

 全身の筋肉がまったく弱っているし、ポキポキ錆びついたロボットみたいで思うとおりに身体が動かず、悲しいのと恥ずかしいのでたまらなかった。

 まあ、回を重ねる毎に身体が少しづつ思う通りに動くようになっては来たが、やはり筋力が落ちているのと呼吸が浅いので長い距離を泳げないのが悲しい。

 今は行くたびにクロールの距離を少しずつ伸ばすのがミッションである。

 はあはあ言って肩で息をしている私の横を、そんなに美しくもないフォームなのに何往復も休まず泳ぐ80才台と思しき老人がゆっくりと過ぎて行く。w

 01月16日(木)464日目。

 あるご縁で、東京の我が家の近くのヨガ教室に通うことになった。

 生まれて初めてのヨガ体験であったが、プライベートレッスンに近い2名での指導を初日から2時間みっちり受けて。

 もう翌日は筋肉痛で立ち上がれないかと思ったら、全然平気で夜もぐっすり眠れて最高に元気になった。

 しかも、坐骨神経痛が嘘みたいに痛くなくなり、こんなことあるのかと驚いた。

 こちらは先生があまり指導をされる日が多くないので、月に2〜3回ぐらいは受けれたらいいな。

 ここでも感じたのは、筋肉と体幹が弱っているためにポーズをきちんととり続けられない、呼吸が浅いので体力が続かないことだ。

 ヨガの目的が、呼吸、姿勢、瞑想を組み合わせて、心身の緊張をほぐし、心の安定とやすらぎを得るものであるとするなら、それを改善して行くことが出来る訳だ。

 家でも屋根裏部屋にヨガマットを引いてプライベートジム化して、事あるごとに教わったストレッチをやっている。w

 

 ここまで至って、悟りの境地に落ち着いたのは。

 ・薬を飲むのをやめた

 ・整形外科、整体、鍼治療といった他力本願の受け身治療をやめる

 ・ジム、プール、ヨガ、自転車、ウォーキング、食事といった自らの主体的な努力でこの苦しみを克服しようと考え方が変わってきた

 2020年は、自分の健康は自分で勝ち取ることにした。

 

坐骨神経痛回復日誌

2010年01月:坐骨神経痛回復日誌464日目(スポーツジムとヨガ)

2020年01月:坐骨神経痛回復日誌449日目(もう手立てが無いのか?)

2019年12月:坐骨神経痛回復日誌430日目(神経ブロック注射よりもYouTube)

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年10月:脳震盪後遺症回復日誌366日目(神医者に肩透かしを食う)

2019年09月:脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:37 | 病院好き | comments(0) | - |
坐骨神経痛回復日誌449日目(もう手立てが無いのか?)

 2020年01月01日、年末から突如の尻下部から両足太もも裏側・ふくらはぎが激痛で歩けなくなってしまった。

 やむなくコルセットをして、鎮痛剤(ロキソニン)を飲んでいる。

 ロキソニンは、患部に効いて痛みを和らげるのではなく、脳の痛み中枢に作用して痛みを感じさせなくするだけだ。

 飲むのが習慣化してしまえば、抗精神薬や睡眠薬と同じで脳が憶えてしまい徐々に効かなくなり量が増える危険性がある。

 どうも、暮れに夜テレビで観た「美木良介のロングブレス」をやってみた翌々日からだ。

 使わない筋肉を使ったので、筋肉痛かと思ったがなかなか治らない。

 治まるのに1週間ぐらいかかった。

 これに懲りて、いろいろ本を買ってきて、身体に負担なく出来るストレッチを試している。

 もう、地道にこつこつと身体の筋肉を柔らかくするしか無いのかと思っている。

 しかしなんで突然坐骨神経痛になんかなったのだろう。

 これも、神が与えた試練なのか。

 

坐骨神経痛回復日誌

2020年01月:坐骨神経痛回復日誌449日目(もう手立てが無いのか?)

2019年12月:坐骨神経痛回復日誌430日目(神経ブロック注射よりもYouTube)

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年10月:脳震盪後遺症回復日誌366日目(神医者に肩透かしを食う)

2019年09月:脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:34 | 病院好き | comments(0) | - |
坐骨神経痛回復日誌430日目(神経ブロック注射よりもYouTube)

 

 11月23日(土)410日目、金沢にいます前々日に京都の整形外科で2度目の神経ブロック注射を打ってもらって、坐骨神経痛の痛みを抑えて来ました。

 前回は、打ってから効き目が1週間続いたのですが、今回は倍の薬を入れても3日しか持たなかった。そういう場合は手術しなくてはいけないと言われていた。

 脊柱管狭窄症の手術はリハビリも含めて1ヶ月ぐらい入院すると聞いていたので、調べてみた。

 どうやら内視鏡の手術もあって、FESS(フェス)という低侵襲な手術もあるらしい。

 もう手術しかないかと、診察の予約を入れた。

◇岩井FESSクリニック:https://www.iwai-fess.com/

 12月13日(金)430日目、なんとなくYou Tubeを開いたら、目の前にこの「坐骨神経痛を3秒で消す方法」というのが出ていて、思わず観てしまった。

 坐骨神経が痛いのは、骨と筋肉があって、筋肉が原因な場合は手術をしなくて良いという。

 どうも私は筋肉の方らしい、そこでこのストレッチをやったらなんと!今までいろいろな病院や整体、鍼治療、などなどの方法を試してもダメだった坐骨神経痛が治っちゃった。www

 まあ、完璧に治った訳ではないが、ストレッチをやれば確実に痛みが和らぐ。

 これを続けながら、少しづつ腹筋を鍛えて行こうと思う。

 とりあえずFESSはキャンセルしました。

 

坐骨神経痛回復日誌

2019年12月:坐骨神経痛回復日誌430日目(神経ブロック注射よりもYouTube)

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年10月:脳震盪後遺症回復日誌366日目(神医者に肩透かしを食う)

2019年09月:脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:32 | 病院好き | comments(0) | trackbacks(0) |
脳震盪後遺症回復日誌366日目(神医者に肩透かしを食う)

 10月10日(木)、人から教わった整形外科の神医者が、なんと私のマンションから歩いて5分の所にいた!

 しかし行ける時は限られてしまい、何とか時間を作って行くことができた。

 受付で言われたのが「本日は院長先生がお休みで、水曜日担当の先生が診察されます。」だと。。。

 「え〜!わざわざ東京から院長先生に診て頂くために京都に来たんですけど。」と言ったら。

 「今日の先生も整形外科の先生ですから。」と言う。

 「いや、ただの整形外科の先生は東京に山ほどいますから。」と言って帰って来た。

 次に行けるのは1か月後だ。

 来週はまた台湾でWSがあるのに、もう坐骨神経痛が痛くて歩くのも辛い。

 階段を登るのもやっとだ。

 あ〜!こういうのも運気が下がっているのだろうか?

 

万波整形外科

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年10月:脳震盪後遺症回復日誌366日目(神医者に肩透かしを食う)

2019年09月:脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:30 | 病院好き | comments(0) | trackbacks(0) |
脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

 9月16日(敬老の日)341日目。

 この1ヶ月ぐらい、腰痛というかお尻の上の方から太ももの裏側が痛くて。

 特に朝起きる時や、飛行機や新幹線に乗った後席を立つときに物凄い痛みで歩けなくなることが続いている。

 一生懸命時間を作っては鍼治療にかかっているのだが、全く改善の様子が見えない。

 Netで調べたら、どうも「坐骨神経痛」と症状がぴったりだ。

 何が原因だか分からないのは辛いが、仮説的にでも原因が特定できれば対策はあるものだ。

 

 早速ストレッチから始めた。

 2〜3日続けたら、少しだけ朝起きる時の痛みが減った。

 2週間に一度の鍼治療と毎日1〜2回のストレッチを続けよう。

 年をとって筋肉量が減って、柔軟性も落ちて来たんだろう。

 もう少し余裕が出てきたら水泳を再開しよう。

 イチローではないが、現役を長く続ける為には、肉体の柔軟性が大切なのだ。

 

◇現在の症状

・耳鳴り(気にならないレベル)

・首の痛み(若干ある)

・左手の麻痺(これはかなり酷い)

・坐骨神経痛(現在はこれに掛かり切り)

・視力(落ちたままだが、落ち着いている)

・健忘(気を付ければ失敗しないレベル)

・睡眠(寝つきも良く、日に4Hから5Hぐらいになって来た)

・疲労感(以前よりだいぶ体力が戻ってきた感じ)

・飲酒(外では3杯以上は飲まないようにしている)

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年09月:脳震盪後遺症回復日誌341日目(坐骨神経痛で歩けない)

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:34 | 病院好き | comments(0) | trackbacks(0) |
脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

 URL:https://www.fnn.jp/posts/00047530HDK/201908021417_MEZAMASHITelevision_HDK

 8月5日(月)、最近ニュースでネプチューンの名倉潤さんが、ヘルニアによるうつ病を発症し2か月休養を発表したというのを聞いた。

 そこで耳慣れない「侵襲」という言葉が出て来て、何だろうと思ったら。

 侵襲とは、「病気」「怪我」だけでなく「手術」「医療処置」のような、「生体を傷つけること」すべてを指す。
 なぜなら、病態であれその治療であれ、侵襲に対する生体の反応は同じであり、それを知らずして(侵襲を以て)人を治療することはできないからである。Wikipedia
 要するに、手術も怪我も身体にとっては、ダメージを与えるという意味では同じということなのだ。
 これは分かるな〜。人は体に一度メスを入れると体力が一割減ると言う。
 体力が減るならまだ良いが、私のようになんらかの後遺症が残るようなものであったら、うつ病にもなるわな。

 テレビでゲストに「キンタロー」が出て、頸椎ヘルニアの話をしていたが、今でも右手の痺れは残ると言う。

 私も結局は頸椎損傷で、整形外科の先生からは「手術をするほどじゃない」と言われたのでほっとしているが。

 左手の麻痺は未だに良くならず、苦しい思いをしている。

 昨日も、明け方目が覚めて咳が出て寝付けなくなった時に、突然すさまじい不安感に苛まれて、寝床にいられず早朝の京都の街をうろついた。そうしないと息が出来ないのだ。

 そのまま事務所に行き、ソファで少し休んでうつらうつら出来たので、事なきを得たのであるが。

 こういう突然の発作や、眠れないというものは今でも時々起きる。

 騙しながら付き合って行くしかないのは、かなりのストレスではある。

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年08月:脳震盪後遺症回復日誌300日目(侵襲とは)

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:33 | 病院好き | comments(0) | trackbacks(0) |
脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

IMG_2919.jpg

 7月03日(水)267日目、久しぶりの成城学園に来た。

 ここにあるのが今をときめくおしゃれスーパー「成城石井」の創業の地。w

IMG_2910.JPG

 ここに、もう30年以上通っている鍼の治療院がある。

 先日漢方薬の先生と話していて「鍼はいいかもよ?」と言われたので、久しぶりに来てみた。

 私の主治医は先代のおばあさん先生だったのだが、最近では息子の嫁が跡を継いで腕を振るっている。

 ここで施術して貰うと、その時は「なんだ、全然かわんねーな。」と思うのだが、2〜3日経ってふと気が付くと痛みが消えていたみたいな経験を何度もしている。

 今回も、耳鳴りが小さくなって、左手の麻痺も痛くなくなり、右側のお尻から腰にかけての痛みも少なくなった。

 朝起き上がるのが辛かったが、全然快調だ。

 先生曰く「リンパ腺がだいぶ詰まっていた。」んだそうである。

 なんだ、最初からここに来れば良かったのかも。w

 

◇脳震盪後遺症回復日誌

2019年07月:脳震盪後遺症回復日誌267日目(鍼に行って来た)

2019年06月:脳震盪後遺症回復日誌247日目(食後高血糖を疑う)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌230日目(症状が固定して来た)

2019年05月:脳震盪後遺症回復日誌204日目(台北で気功治療を受けた)

2019年04月:脳震盪後遺症回復日誌184日目(地獄からの生還)

2019年03月:脳震盪後遺症回復日誌154日目(揺り戻しか)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌133日目(再び整体へ)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌126日目(目の回復状況)

2019年02月:脳震盪後遺症回復日誌125日目(紀平梨花 左手薬指亜脱臼)

2019年01月:脳震盪後遺症回復日誌109日目(整体に行ってみた)

 

◇デパス減薬日誌

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(人間ドックに行って来た)

2019年01月:デパス減薬日誌100日目(ひとつの区切り)

2019年01月:デパス減薬日誌88日目(これは脳震盪の後遺症なんじゃないか)

2018年12月:デパス減薬日誌78日目(南の島に行って思ったこと)

2018年12月:デパス減薬日誌63日目(ぶり返した)

2018年11月:デパス減薬日誌48日目(海外出張してきた)

2018年11月:デパス減薬日誌38日目(そうは問屋が卸さなかった)

2018年11月:デパス減薬日誌32日目(うつ病の野良猫はいない)

2018年11月:デパス減薬日誌27日目(運動療法に努める)

2018年10月:デパス減薬日誌18日目(流れに身を任せる)

2018年10月:デパス減薬日誌16日目(三歩進んで二歩下がる)

2018年10月:デパス減薬日誌14日目(光明が見えてきた) 

2018年10月:デパス減薬日誌12日目(物忘れが激しすぎる)

2018年10月:デパス減薬日誌10日目(仕事はしてます)

2018年10月:デパス減薬日誌8日目(出張で京都に来た)

2018年10月:デパス減薬日誌5日目(世界はドラッグであふれている)

2018年10月:デパス減薬日誌4日目(離脱症状がつらい)

2018年10月:減薬に変更した

2018年10月:断薬をしようと思ったきっかけ

2018年08月:病再び

 

posted by アサノ | 07:31 | 病院好き | comments(0) | trackbacks(0) |
Search this site