経験デザインとエスノグラフィを語る私的なブログ
コロナウィルスとの闘い日誌(発症9日目)

 

 4月20日(月)、病院を退院してから17日、発症してから9日目だ。

 01:00 体温35.8度 04:00 咳で目が覚める 体温36.8度 いつもの通りの、すこし悪い気分。でも朝を迎えた。雨だ

 07:00 体温36.6度 朝食を完食、食欲落ちず。 08:00 体温37.1度 09:00 体温37.1度 シャワーを浴びる。

 10:00 体温37.1度 11:00 体温37.1度 12:00 体温37.4度 

 午後から慶應義塾大学病院に行く。17日ぶりの外出だ。

 現在の状況の説明と、前回の生検検査の結果を聞きに来た。

 まずMRIを撮って、肺のX線写真を撮る。

 坐骨神経痛や骨パジェット病の話は、また後日書くとして。

 肺のX線写真は、右が手術前のもので、左が今日撮ったものだ。

 「きれいなもんです。」と先生は言う。

 さらに、ずっとつけていた体温の表を見て「微熱ですね。」と一言でバッサリ。w

 「抗生物質とかくれないんですか?」と聞いたら「まったくいらないでしょ。」だと。。

 「まあ、手洗いとうがいをちゃんとして下さい。」とのことで終わり。

 この9日間の恐怖は当人じゃないと分からないし、結果オーライみたいな感じか。

 とはいえ、まだ37度台の微熱は続くし、胸の圧迫感があり咳や痰も出る。

 この生活はまだまだ続くだ。

 ちなみに、今回の手術や入院、外来診療や様々な検査を合わせて合計277,540円払って来ました。

 お金よりガン(骨肉腫)じゃなかったことを喜ぼう。

 まだ熱はあるし、胸も痛く咳や痰も出るが、少しでも希望の灯が見えれば頑張れる。

 

 16:00 体温37.2度 17:00 体温37.2度 18:00 体温37.2度 やばい、朝から喉の調子が悪かったが、咳き込み始めた。

 19:00 体温37.2度 

 夕食は軽く蕎麦、喉の通りが良くて美味しい。咳き込んでいた喉がホッとした感じ。

 20:00 体温36.9度 毎夜恒例になった、無人の夜道で深呼吸。 22:00 体温36.4度

 23:00 体温36.6度 熱は上がらないが、どうも咳が出るようになってきた。やむなく「アネトンせき止め顆粒」を飲んだ。

 あまり脳神経に効く薬は飲みたく無いのだが、咳で夜眠れないと体力を消耗するので寝るときだけだ。

◇今回あって助かったもの(5)

 毎日薬用のハンドソープで10回以上手を洗っている。

 気が付いたら、手の平は全然大丈夫なんだけど、拳の部分が赤く荒れて来た。

 毎日ハンドクリームでお手入れしなくてはならなくなった。

 私は男なので、どのようなハンドクリームが効くのか分からない。

 とりあえず「アトリックス」を塗っている。

 コロナウィルスは油で皮膜を作り自分を保護しているので、石鹸でその油を落とすと死ぬという。

 なので、手の平には出来るだけつけないようにしている。

 ハンドソープで洗い、ハンドクリームでケアと毎日何回やっているのだろう。

 

◇コロナウィルスとの闘い

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌559日目(発症9日目)

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌558日目(発症8日目)

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌557日目(発症7日目)

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌556日目(発症6日目)

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌555日目(発症5日目)

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌554日目(発症4日目)

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌553日目(発症3日目)

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌552日目(発症2日目)

2020年04月:コロナウィルスとの闘い日誌551日目(ついに発症!

2020年04月:坐骨神経痛回復日誌549日目(やはりコロナに罹っていたか?)

2020年04月:坐骨神経痛回復日誌546日目(久しぶりに不安でまんじりともしない夜)

 

坐骨神経痛回復日誌

2020年04月:坐骨神経痛回復日誌543日目(全身麻酔と酸素吸入)

2020年04月:坐骨神経痛回復日誌542日目(急遽コロナで退院することに)

2020年04月:坐骨神経痛回復日誌540日目(手術の為に入院しました)

posted by アサノ | 07:33 | 闘病記(外科系) | comments(0) | - |
Search this site