経験デザインとエスノグラフィを語る私的なブログ
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アクティングアウト考(1) コトをスケッチする

 最近いくつかの場所で「HCDにおけるアクティングアウト」について書いたり話したりしなくてはならないので、夏休み特集として今週数回に分けて論じます。

1.アクティングアウトとは

 情報デザインの分野では、前述のシャッフルディスカッションなど「気づき」を導き出す手法がいくつか開発されている。アクティングアウトもその一種であり、一部の企業や教育機関では積極的に活用され効果を挙げている比較的新しい手法である。
 シカゴ学派の社会心理学者G・H・ミードは、「客我」とは他者が自分に期待している役割を取り入れることによって形成されると考えられ、他者との関係の中で「社会的自我」は成り立つということを説いた。また、身振りという非言語コミュニケーションに他者が反応し、それを自分が知覚し言語が発生するとも述べた。
 アクティングアウトは、開発者がその製品やサービスを使用するシーンを、寸劇のような形で演じることにより、オーディエンスからの反応を知覚し、自らの気づきや振り返りに資する手法の名称である。その名称の出自は定かでは無く、心理学のComing Out・Acting Out から来ているという説もあり、2000 年に多摩美術大学の須永らによって指導をされた記録も残っている。また、英語教育などでは、コミュニケーションが発生するシーンを人工的に作り出し「Skit」と呼ばれる寸劇を行う教育手法が知られている。

2.コトのスケッチ

 我々は対象を観察する際に、スケッチを行うことを通じてより奥深く理解しようとする。ただしスケッチは対象によって手法が異なるため、下記の表で示すような手法を習得したい。
 

理解の対象
表現方法
概念のスケッチ
ダイアグラム
コトのスケッチ
アクティングアウト
モノのスケッチ
プロトタイプ

 デザインを学ぶ者は、まず対象物をスケッチすることから学び始める。初期には静物や石膏像などを描くトレーニングを受け。長じては、自分がデザインしたモデルをレンダリングしたりプロトタイプを作ったりする。これはモノのスケッチである。またビジネスを志す者は、様々な概念を図化しようと試みる。これはダイアグラムとなる。
 しかし、現在ではデザインというものはモノや概念を作り出すだけではなく、目に見えない時間軸も含めたソフトウェアやサービスまで対象となってきている。それらのものも、理解するためにスケッチをするという必要性が高まってきているのである。

 事例を見せよう。以下のプログラムは学生たちが、「カップ焼きそば」をユーザが開封してから食べ終わるまでを再現し観察したものである。

  もうこの時点で、想像や机上の理論では計ることのできないユーザの行動(知恵)が見えてくる。

 乾燥野菜を麺の下にわざわざ入れてから湯をかけ、その後ソースを入れているのである。ソースをよく染みさせる効果があるとのことだ。

 このユーザ行動を記述するスケッチは、いわゆる描画ではなく、時間軸を追った行動データである。

 このログが、ユーザを演じた(アクティングアウト)した演者の行動(コト)のスケッチとなる。

 たとえば食べている最中に、蓋やソースの空き袋がテーブル上に汚く置かれるかなどということは、大抵の場合開発者の頭には無く。ユーザの行動を演じてみるか、もしくは本物のユーザを観察しないと理解することは出来ないのである。
 このプログラムは、アクティングアウトでいうところの「ユーザ再現」という部類に入る。たとえば催しものがある際に、「客がどちらから入ってきて。」「案内役はここに立って。」「そこで記帳するから、ここにペンを置いて。」などということは、頭で考えるよりも一度演じてみたほうが手っ取り早いというのは、周知の事実であろう。

 尚、よく違いを議論されることがあるが「フィールドワーク」と「オブザベーション」という言葉がある。「フィールドワーク」は現地へ赴き体験を主に観察やインタビューを行うことと定義され、「オブザベーション」は会場でユーザの振る舞いを擬似的に行い観察をすることとと考えられている。
 しかしエスノグラフィに関する書物には「オブザベーション(観察)」という文言をそのような意味で使った表現を見ることは無い。「観察」とは、フィールドワークの中で体験やインタビューがはばかられる状況において行われる調査法と考えるのが一般的である。
 いわゆる会場において行われる「オブザベーション」とは、エスノグラフィの手法ではなく、むしろアクティングアウトの「ユーザ再現」の範疇に入ると思われる。

 近いもので言えば、既存のWebサイトを使った「発話思考法」などが挙げられる。これは調査者が作った「アクティビティシナリオ」に合わせて、被験者がインタラクションしながら、頭に浮かんだ事柄をアナウンスする調査法である。この調査のコツは、被験者を出来うる限り実際のユーザに近いセグメントの人間を使うか、本人が成り切るかである。

 アクティングアウトとは、大上段に振りかぶったものではなく、平素我々が無意識に行っていることを人間中心設計のメソッドの中に組み込んだものと考えてもらいたい。

▽アクティングアウト考(2) 種類と特徴に続く

posted by アサノ | 00:31 | 情報デザイン 用語集 | comments(1) | trackbacks(1) |
コメント
人工物の設計(デザイン)の学習過程で学ぶ「アクティングアウト」とは別に、基礎過程で学ぶものもあります。

「動き」という「情報」を、扱えるようにするための練習課題の中で行います。身体をスケッチブックのように使って「動き」を描きます。このことで、漠然としか把握していなかった「動き」の詳細が見えるようになり、描けるようになります。
http://akyoshi.cocolog-nifty.com/knowledge_design/2009/05/2009-2-253c.html

(上野毛の植村先生の取り組みは、これをさらに人工物のデザインに広げていますが。考え方の根本は同じです。)
2009/08/06 13:43 by よしはし
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