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2017年春 初めての機車環島 7日目霧社事件の現場と日月潭

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 3月27日(月)7日目の朝、おはようございます。

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 ここが昨夜の宿。

 早起きして出発!

 今日は平地の台中から、台湾島の背骨の山岳地帯へ向かいます。

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 どうしても行っておきたかった場所「霧社」に向かう。

 急な坂をうねうねと登って行く。

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 この山奥の小さな村で、今から90年近く前に起こった「霧社事件」の現場をこの目で見たかったのだ。

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 要約すると、1930年に起きた台湾原住民による日本統治時代後期における最大規模の抗日蜂起事件のことで。

 霧社セデック族約300人が霧社公学校の運動会を襲撃し、日本人一般市民132人を惨殺した。

 その後、蜂起の連絡を受けた駐留日本軍や警察は武力による鎮圧を開始し、700人ほどの暴徒が死亡もしくは自殺、500人ほどが投降したという事件。

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 第2次世界大戦後日本にかわって中国国民党が台湾を統治するようになると抗日教育が行われるようになり。

 台湾では霧社事件は日本の圧政に対する英雄的な抵抗運動として高く評価されるようになり、蜂起の指導者たちは「抗日英雄」と称されるようになった。

 霧社セデック族マヘボ社の頭目モーナ・ルダオの像。

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 霧社にあった日本人の殉難記念碑は破壊され、蜂起の参加者らを讃える石碑が建てられた。

 2011年にこの事件を映画化した「セディック・バレ」。

 外省人の資本が入ったのか、かなり抗日映画くさい。

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 私はこの話を10年ぐらい前に知り、台湾の人達は日本人を愛してくれていたものだと思っていたので衝撃を受けた。

 また、日本統治時代の理蕃政策というものを知り、本省人とは別の台湾原住民の歴史を知ることになった。

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 無抵抗の多くの日本人女性や子供たちを惨殺して首を刈ったセディック族に、過去の話だと思ってもなんとなく複雑な感情は残る。

 村の中心部に来て、多分セディック族であろうおばさんの食堂に入った。

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 排骨麺とおかずの盛り合わせで140TWD(約500円)。

 美味しくて、なんだか心が晴れた。w

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 しばらく行くと、景勝の地「日月潭(リーユエタン)」。

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 絶景だというけど、山中湖にしか見えない。ww

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 名所は記念写真だけ撮って、急いで通過。

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 先を急ぐが、いい景色。

 阿里山の麓まで行く。

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 ここも自転車環島のルートなんだ。凄いね

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 徐々に高度が上り。

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 ヤシの木林。

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 阿里山に行く道は気持ちが良い。

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 今日はこの旅のSS(スペシャルステージ)なので、天気が良くて良かった。

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 ここからは山登りだ。

 嘉儀まで141kmか、頑張らないと日が暮れる。

 

◇2017年3月初めての機車環島アーカイブ

3月21日(火):1日目台北に到着

3月22日(水):2日目台南に移動

3月22日(水):2日目台南をうろつく

3月23日(木):3日目高雄でスクーターを借りる

3月23日(木):3日目台東の民宿小時光

3月24日(金):4日目花東公路海線を行く

3月24日(金):4日目花蓮に到着

3月25日(土):5日目ここからは未踏の地

3月25日(土):5日目なんとか台湾島の西側に出る

3月26日(日):6日目思わぬ発見大渓老街

3月26日(日):6日目台中でBBQ

3月27日(月):7日目霧社事件の現場と日月潭

3月27日(月):7日目阿里山から嘉儀へ

posted by アサノ | 07:31 | 2017年3月 初めての機車環島 | comments(0) | trackbacks(0) |
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