ベンタイン市場から歩いて北上。
バイクタクシーがやたら声をかけてくるので、うざいからカフェに入ろう。
やたら地元民が入っているクラブ風の店に入っちゃった。
アイスコーヒーは美味しかった。
更に歩き続けると。
バイクを止めてスマホ操作中のギャル発見!
エスノグラフィックインタビューを試みる。
ヤンキーだったので断念。ww
そろそろお昼の時間かな。
ここのフォーは美味しそう。
ご飯食べている顔は世界共通、皆うれしそう。
ホーチミン市博物館横の通りはカフェ街。
本当にパリにいるみたい。
きれいな街です。
統一会堂(元大統領官邸)に到着。
ツアコンに連れられた日本人の女の子が、この建物をバックにVサインして記念撮影してた。
愚か者め!ここは1975年4月30日この旧南ベトナム大統領官邸に北ベトナム軍の戦車が突入して事実上のベトナム戦争が終結した場所なのだ。
そこでヴィクトリー(勝利の)サインするとは、真珠湾でVサインして記念撮影する新婚バカカップルと同レベルだな。。
その戦車が展示してある。
ソ連製の戦車を見たのは初めて。
砲塔が鋳造だとは聞いていたが本当だ。荒くグラインダーがかけてあるだけ。
ツアコンに「なんで大統領官邸が南と北に二つあるんだ?」と聞いているオヤジがいた。
ここは旧南ベトナムの大統領官邸で、ベトナム戦争時はゴ・ディン・ジエムやグエン・カオ・キがいた所。北にあるのは、ホーチミンがいた所。
そういう常識が無い人が観光に来ているんだね。
もう完全に観光地。
へ〜。
正面にホーチミンの胸像があるけど、本来は関係なし。
外に出ると、元宗主国フランスからの観光客多し。
続いて近くにある「戦争証跡博物館」に来た。
ここには南ベトナム軍のM41戦車が展示してあった。
アメリカ製戦車は鉄板を溶接して作ってある。
ソ連製とアメリカ製で設計思想の違いが良く分かる。
アメリカ軍の戦場のタクシー兵員輸送車M113。
ボディは鉄では無くアルミニュウム製のため、真横からAK47をぶっぱなされると貫通したという。
ベトナム戦争の頃は、毎日ニュースに出て来た、アメリカ軍の
A-1 スカイレイダー攻撃機。
こんなバカでかいレシプロエンジン航空機見たの初めてだ。
他のジェット機と比べても大きさが分かる。
捕虜収容所が再現されていた。
フランス統治時代に使われたギロチン。
人間を入れる檻。
おお、まだ囚人がいた。
子どもの頃よくみたポスター。
この戦争証跡博物館にはアメリカ軍の
枯葉作戦のために生まれた奇形児の写真が展示してあるが、私には直視出来なかった。
他の部屋には戦場カメラマンが写した写真が多く展示されている。
亡くなったピューリッツァー賞カメラマン沢田教一さんや一ノ瀬 泰造さんらの写真が沢山展示されている。
また先に進むと、ホーチミン大聖堂が見えてくる。
南の国の教会となめていたら、ミラノのサンタマリア。デ・グラッツエ教会みたいだ。
ホーチミン(旧サイゴン)は商都だからゴチック教会なんだろうか。
フランス人が建てたにしては、赤レンガのせいかイタリアっぽい。
サイゴン大教会、正式名は聖母マリア教会。
その隣に中央郵便局。
このあたりのドンコイ通りがホーチミンで一番おしゃれなストリート。
中央郵便局も見るからにヨーロッパっぽい。
なぜか郵便局には旅行者が集まる。
昔はヨーロッパ旅行した時には、こいう所で国際電話したな。
ドンコイ通り沿いにある市民劇場。
破風の彫刻が美しい。
こんなものを作って盗られちゃったフランス人は、その階段に座って何を思うのか。。
ドンコイ通りはロスのサンセット・ブルーバードみたい。。
ベトナム戦争が終わって36年、ベトナムでもこういう消費が始まったのか??
◇20011年夏 ベトナム旅行 アーカイブ
1日目
台北桃園市
2日目
ハノイ旧市街 2日目
ハノイ夜遊び
3日目
ハロン湾
4日目
市場好き(ハノイ旧市街36通り)
4日目
ハノイからホーチミンシティへ移動5日目
ホーチミン市ベンタイン市場
5日目
戦争の傷跡(統一会堂と戦争証跡博物館)
5日目
ホーチミン市ゴーヴァンナム通りの青空床屋 5日目
怪しい路地好き(ホーチミン市デタム通り界隈)
6日目
チョロン地区ビンタイ市場
6日目
チョロン地区の青空市場
6日目
ベトナム最後の夜
7日目
ホーチミンから台北へ移動7日目
怪しい路地好き(台北艋舺モンガ)
7日目
怪しい路地好き(台北林森北路)
8日目
帰国